ハピネス

 2010年頃に発表された本、『ハピネス桐野夏生・著を読んだのは数年前でした。白内障は進み、頁を捲る手は痛いのに、つい。ただねたきりをして暇ってこともなく、何かしていた方が気が紛れるのです。

 舞台は、豊洲と想われるタワーマンション。詳しいネーミングはすべて忘れたのですが、東ABC某、西ABC某、と何棟も、土のない空間がある。位置、向き、高さで、住む人の階級が別れる。高収入の人かどうか、住むタワーのスペースで他人にしっかりわかる世界でした。

 主人公は、ランクが下の位置にいる住人。そもそもが、豊洲タワーマンションらしき世界にいること自体、庶民には特異な人に見える。狭くて深い、そしてたかぁぁぁいスペース争い、「結界師」の結界か、「ワールドトリガー」の異空間、「進撃の巨人」の壁の中みたい。

 そこには「ママとも」なるカテゴリがあり、マンションの公園がある。お互いを○○ママ、と呼び合う、土岐川祐だったら、「ヒロママ」です。そしてその頃の流行ネーミング、キラキラで読めない当て字の名前がついている。読者は、○○ママと書かれていても、「誰だっけ」とおもうだけ。何故覚えられないかというと、ママだから。

 人の名前や人格は無くて、キラキラネームだけなのでわからないのでした。キラキラでかまわないけれど、主人公の子供を含め全員の子供がキラキラしていると、わかんないものなのです。でも、本の中で、ママ達は、夫の見栄えや収入、公園へ行くときのおやつを手作り、子供達の会話に出てくるので、朝食は手をかけて作らなければならない。リーダー格の○○ママのさりげないファッションにあこがれている。主人公は夫と離婚申請中、でも、専業主婦でいたいし、夫の仕送りが無いとタワーマンションに居続けられない。

 あぁ、苦しいわ。私だったらとっとと出て行くわ。本の中のママ達は私の気持ちも知らずに、手作りクッキーやブランドベビーカー、一流幼稚園への入園、と、次々に金のかかりそうな話が延々と・・・

 私は勝手にネタバレしたい人なので、結末は、あこがれていたリーダー格ママは実家に戻り、「公園要員」だった主人公の友だちは、タワーマンションのイケメンと不倫、主人公は海外出張の夫と和解し、タワーマンションに住んだまま、働きに出ます。

 公園要員だったふたりが、一番自由になれたし、同じ公園要員だった友は、寿司チェーン店社長の娘で、実質的にはママ友の中で一番お金持ち。

 「ステイタス」という結界の中で、結界の人に出ようとするママは、ヒヨドリの卵のようでした。守られている。タワーの中でも一番のところに住んでいる。手作りのクッキーとキラキラ子供・・・マジですか。

 現実には、この本の頃より今の方が、貧乏くさい世の中?になっていて、ママ友の女王を目指すようなめんどくさい女は、はっきり言って無視されそう。

 朝ご飯なんぞ、何か食べれば良いのであって、「手作り」なんぞまずいだけ。見栄えのする職業のイケメン夫なんぞ、すぐ他の女に獲られるし、年月が経てば、禿げて出っ腹の中年、自分も世間知らずのタワーマンションババアだぜ・・・

 って、本の中で言い切るママがいないのが怖かった。逆ブロレタリア、いやいや、ブルジョアごっこホラー